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※ロボット・ボート製造会社のサロニック・テクノロジーズ Saronic Technologiesは、地元自治体から税制優遇措置の合意を得たのち、テキサス州ブラウンズヴィル Brownsvilleに$3,200,000,000規模の野心的なポート・アルファ造船所 Port Alphaの建設用地を選定した。キャメロン郡 Cameron Countyにある835エーカーの敷地は、国内の船舶解体産業の大部分が集積するブラウンズヴィル港 Port of Brownsvilleに位置している。サロニック社のCEO、ディノ・マヴルーカス氏 Saronic CEO Dino Mavrookasは2026年7月中旬記者団に対し、この新設工場は今後10年間で最大10,000人の雇用を生み出し、商用船と軍艦の両方の建造に注力すると述べた。建設は今年開始される予定だ。2028年には、全長850フィート(約260m)までの船舶を建造できる施設が完成する見込みだと同氏は語った。これはワスプ級強襲揚陸艦(多目的)とほぼ同じ大きさ

↑An artist's rendering of the Port Alpha shipyard. Saronic Technologies graphic. Image courtesy of USNI news.
※テキサス州オースティン Austinを拠点とする設立4年の防衛技術系スタートアップ企業サロニックは、90号線沿いを40分ほど進んだ場所にあるバイユー(入り江や湿地帯の小川)のほとりで、30万平方フィート(約2万8000平方メートル)規模の施設拡張工事を進めています。 Saronicは昨年、ルイジアナ州フランクリン Franklinにある同族経営の造船会社ガルフ・クラフト Gulf Craftを買収した。現在、海軍向けのUSVの本格的な生産ライン稼働を見据え、$300,000,000を投じて拠点の拡大を図っている。数ヶ月前まで、バイユー・テッシュ Bayou Techeに面した敷地の大部分はサトウキビ畑だったが、今では幹線道路の脇に、完全空調設備を備えた巨大な建物2棟がその姿を現しつつある。“我々は、MUSVの市場は非常に大きいと考えています”と、Saronicの最高執行責任者(COO)であるダグ・ランバート Doug Lambert氏は、フランクリンの現地を訪れた際にUSNIニュースの取材に対して語った。拡張工事が本格化する中、湿度の高い2026年8月のある日、現場の未舗装路や砂利敷きの地面には掘削機などの重機が点在していた。ヴェンチャー・キャピタルからの資金を原資に、サロニックは当初テキサス州の倉庫で、全長約24フィート(中型漁船程度の大きさ)の自律型船舶の製造から事業を始めた。そののち、同社は2025年に向けて総額$400,000,000近くに上る自律型船舶を海軍に販売したほか、自律航行システムを3倍以上の大きさを持つUSVにも適用できるよう拡張している。“この拠点では主に​​マローダー Marauderを製造している。その将来性には極めて強気な見通しを持っていますし、何よりも、国防総省から石油・ガス産業、水路測量に至るまで、あらゆる分野で活用事例が次々と生まれているのを目の当たりにしています”とランバート氏は述べました。“これらの船舶がもたらす有用性は非常に大きなものです。市場は今後も拡大し続けると考えており、我々も継続して投資を行っていきます。”現在フランクリンでは、全長180フィート(約55m)のアルミニウム製船舶であるMUSVマローダー3隻の建造が進められている。海軍のMUSV調達プログラムに基づく最初の1隻は、すでに試験航行へと出発している。同社は、買収時に従業員29名だったガルフ・クラフト社を引き継いで以来、フランクリンの拠点に約300名を雇用した。最終的には、同造船所がフル稼働する段階で1,500名の従業員を擁することを目指している。同社幹部は、1つの施設が10月に、もう1つが来年初めに完成する見込みであるとしている
※米海軍は2026年9月29日、最近の海上試験を経て、ルイジアナ州に拠点を置く3つの造船所が同海軍向けの無人水上艇(USV)を建造すると発表した。 海軍のロボット・自律システム担当ポートフォリオ・マネージャー(代行)であるクリス・ミラー Chris Miller氏がオンラインの記者会見で明らかにしたところによると、サロニック、HII、ガリアーノ・マリン・サーヴィス Galliano Marine Serviceの3社は、それぞれ10隻の中型無人水上艇(MUSV)を建造する。1隻あたりの費用は約$40,000,000となる


※1915年にオークリー J. ホール大佐 Captain Oakley J. Hallよって、サン・ディエゴ・マリーン・コンストラクション San Diego Marine Constructionがカリフォルニア州 State of Californiaのサン・ディエゴ San Diegoに設立。1972年にキャンベル・インダストリーズ社 Campbell Industriesに売却。のちにサウスウェスト・マリーン社 Southwest Marine, Inc. に売却され修理施設に改装。1998年11月にはSWMホールディングス社 SWM Holdings, Inc. に売却されユナイテッド・ステーツ・マリーン・リペア社 United States Marine Repair, Inc. と改名。2002年にはユナイテッド・ディフェンス・インダストリーズ社 United Defense Industriesに売却。2005年6月にBAEシステムズ BAE Systemsがユナイテッド・ディフェンス・インダストリーズ社を買収し、BAEシステムズ・サン・ディエゴ・シップ・リペア BAE Systems San Diego Ship Repairとして今日も続ている
※2015年3月に艦船造修施設の拡張を実施を発表。艦船造修用桟橋(ピア4)の開設式典を実施。このピア4は長さ126.49m、幅19.50m。乾ドックの新設(長さ289.56m、幅62.48m、55,000t対応)も同時に進めており、2017年初めに竣工予定。施設拡張・改善等の投資額は約100,000,000ドル。2017年以降、大型乾ドック2基体制となる


※サン・フランシスコ海軍造船所 San Francisco Naval Shipyardは、カリフォルニア州南東部のサン・フランシスコ San Franciscoでサン・フランシスコ湾 San Francisco Bay沿いに位置している。1869年に2つの乾ドックを所有する民間・商業乾ドック施設を設立。19世紀末~20世紀初頭にユニオン鉄工所 Union Iron Works companyが購入。のちにベスレヘム・スチール社が所有し、ハンターズ・ポイント造船所 Hunters Point Drydocksと改名。場所はポトレロ・ポイント Potrero Point。1939年12月29日に海軍がここを購入。1946年に海軍放射線防衛研究所 Naval Radiological Defense Laboratoryを設立。NRDLは1969年まで運用され、放射能に対する艦船防御、放射性深海処分のための廃棄物、動物研究、放射線検出計装開発、および他の実験室等研究を行った。NRDLも除染やマーシャル諸島での核実験に関連する何隻かの艦船を処分した。1974年に閉鎖されハンターズ・ポイント海軍造船所 Hunter's Point Naval Shipyardと改名。1976年5月にトリプルAマシーン・ショップ社 Triple A Machine Shop, Inc. の所有となり、海軍から造船所の大部分を賃借し、1986年6月まで商業船の修理施設を運営。再び海軍所有となりのちにトレジャー・アイランド海軍基地ハンターズ・ポイント付属施設 Treasure Island Naval Station Hunters Point Annexと改名。ミズーリ戦闘群 USS Missouri battlegroup(戦艦ミズーリ Missouri(BB-63))の母港となる。1994年に閉鎖。元造船所はこちらで、Googleで航空写真を見ることができる


※サン・フランシスコ湾海軍造船所 San Francisco Bay Naval Shipyardは、サン・フランシスコ海軍造船所(別名ハンターズ・ポイント Hunters Point)とメア・アイランド海軍造船所 Mare Island Naval Shipyardの合併し、1965年に誕生した短命の造船所だった。この造船所は世界最大の海軍造船所であったが、必要なコスト削減が実現しなかったため、2つの造船所は1970年2月に分離され元に戻った。アメリカが原子爆弾をテストしていた時に、造船所が放射性試験に使用された


※SteelShipはGrafton Boat WorksのEd Fryがアーカンソー州 State of Arkansasのモンティセロ MonticelloのMonArk Boatsと共同で立ち上げた会社。1976年に倒産し、ドラヴォ Dravo社に買収され、1982年にトラック運送会社のJ. B. Huntに売却。1989年に閉鎖され、現在はリヴァー・ターミナルとなっている


※サブマリーン・ボート社 Submarine Boat Companyはエレクトリック・ボート社 Electric Boat Companyの子会社で、第一次大戦の商船建造のために1915年4月に設立された。ペンシルヴェニア州 Commonwealth of Pennsylvaniaのブリストル Bristolのマーチャント・シップビルディング Merchant Shipbuilding、ペンシルヴェニア州のホッグ・アイランド Hog Islandのアメリカン・インターナショナル・シップビルディング American International Shipbuildingとともに、船体の80%までをほかの場所でプレハブ化した組立工場だった。最盛期には 25,000人を雇用し、ホッグ・アイランドに次ぐ規模だった。同社が合衆国船舶院 U.S. Shipping Boardと締結した150隻の契約は118隻で打ち切られたが、それでも最後の32隻は、この目的のために設立されたトランスマリン Transmarineという海運会社のために建造された。そののち、1922年に閉鎖されるまでにトランスマリンのために30隻の艀を建造した。リンク先を見ると、建造中にこれらの船の名前が何回変更されたかがわかるが、これは一体どういうことだったのだろうか。造船所は、現在ニュー・ジャージー・ターンパイク延長線 New Jersey Turnpike Extension I-78号線のすぐ南にある自動車ターミナルの場所にあった。Googleで上空から見るには、こちらをクリック。第二次大戦中、フェデラル・シップビルディング Federal Shipbuildingによって再稼働された


Update 26/09/30